マテリアル インテグレーション 2008年2月号
ユビキタスエネルギーデバイスのための材料開発


ユビキタスエネルギー技術の研究戦略
独立行政法人 産業技術総合研究所 ユビキタスエネルギー研究部門長 小黒 啓介

年間500エクサジュールとも言われる人類が使うエネルギー総量は増加の一途をたどり,止まることをしらない.石油を始めとするエネルギー源の枯渇と地球規模での気候変動への影響は,この肥大化したエネルギーを人類がコントロールできなくなった結果である.

このことは,エネルギー消費が経済原理や市場原理に委ねられているからでもある.一方で,エネルギー問題を解決する手段の重要な担い手は技術開発であるが,技術開発もまた,経済原理や市場原理と無縁ではない.

エネルギー技術は,エネルギー収支を基本としたライフサイクルアセスメントに見合った技術でなければならない.しかし,それを乗り越えることはたやすくない.多くの未熟な技術シーズは,この段階で振り落とされてしまう.ところが技術シーズは,他の技術要素と組み合わせることでも課題を解決できることがあり,また商業レベルでの開発が効率の大幅な改善を実現することも多い.そのため,大規模エネルギー供給用途を研究開発の直接のターゲットに置くのではなく,小型で付加価値の高い情報機器などの電源をターゲットにして,エネルギーとしては高コストであっても実用化が見込める技術を手掛けることが考えられる.このように小規模でも実用化した技術の中から,大規模エネルギー供給用途に適用できるものが生まれてくると考えるのが,ユビキタスエネルギー技術の研究開発戦略である.すなわち,使用量は少なくても高いコストを吸収できる高付加価値の用途で事業化するステップが,エネルギー収支の面でも実用化するような本格的なエネルギー技術に育つためのルートであると考えている.その意味で様々な技術シーズが試される最初の用途はモバイル機器であり,次いで自動車など移動体の動力であろう.

ユビキタスとは,いつでもどこにでも遍く存在するという意味で使っていて,ユビキタスエネルギー技術は,どこででも利用できるエネルギー源の提供を目指している.では,このようなユビキタスエネルギー技術について,トップダウン的な視野から研究開発の体系を俯瞰してみよう.

現状の機器類で最も利用しやすい形態のエネルギーは電力である.そのため,当面のターゲットはポータブル電源ということになる.様々な電源が考えられるが,二次電池と燃料電池が主な対象となる.

二次電池は,既に年6,000億円を超える産業に成長しているが,更にエネルギー密度と安全性の高いものが求められている.それらに加えて,当面は,コスト,耐久性,全容量を充放電できる速さである時間率,エネルギー効率などの得失から用途を分けて各種の電池を並行して研究することになる.そして電池を構成する要素に分けた場合の研究対象は,正極,負極,電解質,集電体などである.

燃料電池ではモバイル機器に適用できるような常温で作動し,燃料をタンクで供給するタイプを目指している.

身の回りに遍く存在し,自然の循環に委ねられるものとしては,水と空気がある.固体高分子形燃料電池は水素を燃料とする発電装置の代表であり,酸素を消費して水を排出する.幸いにして水素は燃焼エネルギー当たりで最も軽い燃料であり,高分子膜を使えば出力密度も高い.しかし,いいのはそこまでであった.水素をいかに貯蔵するかを始め,貴金属触媒のコスト,耐久性など課題は多い.

水素貯蔵の課題は,水素吸蔵合金などの貯蔵媒体や水素を発生できる燃料の開発につながり,また水素以外の燃料を使うダイレクト燃料電池の研究に及んでいる.

二次電池でも燃料電池でも,開発や評価にはナノ・スケールの構造を持つ材料界面の解析が欠かせない.X線等による分析や電子顕微鏡による観察を第一原理計算の結果と合わせることで,統合的な解析がで きると考えている.これら競合する電池・燃料電池技術には共通する基盤が存在するため,各々の研究チームが融合することで,強力な研究開発ポテンシャルが生まれると期待している.